更新日:2015/09/29
・ はじめに,目次
開発にかかわる経済学や政策は再考の時期にきている.過去20 ー 30 年間に,自然科学と社会科学の多種多様な分野における研究のおかげで,人々の思考や意思決定の方法に関して驚くような洞察が得られている.第1 世代の開発政策は人間は顧慮的に独立して意思決定を行うという前提,および人々の選好は一貫していて自己利益に適っているという土台の上に築かれていた.しかし,最近の研究が示すところによれば,意思決定がそのように行われることは稀である.人々は自動的に考える:決定に際しては,努力せずとも心に浮かぶことに通常は依拠している.人は社会から影響を受けて考える:社会規範が多くの行動の指針となっており,多くの人々は他の人が応分のことをやっている限り,協力したいと思っている.さらに,人々はメンタル・モデルで考える:何を認識するかやそれをどう解釈するかは,社会や共有されている歴史から引き出された概念や世界観に左右されている.
『世界開発報告2015』では,このような洞察が開発政策にどのように当てはまるかについて,具体的に検討している.人間の行動に関してさまざまな見方をもっていることは,多くの分野において開発目標の達成に資する.それには早期児童開発や家計ファイナンス,生産性,健康,気候変動などが含まれる.また,人間行動にかかわるより微妙な見方が,介入策にとってどのようにして新たなツールになるかも示してみたい.意思決定が行われる状況にたとえ些細でも調整を加えること,社会的選好の理解に基づく介入策を設計すること,そして人々を新たな経験や思考方法にさらすことなどができれば,それは人々の生活を改善するだろう.
本報告書は開発の仕事のための刺激的な新しい道を切り開いている.そして,貧困というのは単に物質的な収奪の状態ではなく,認知資源に対する「税金」でもあり,したがって意思決定の質に影響を与えることを示している.また,次の点も強調されている.それは,専門家や政策当局も含め,すべての人間は思考について心理的・社会的な影響力を受けており,開発機関は自分たちの熟慮や意思決定を改善するための手続きから利益を享受することができるということだ.政策の設計や実施に関してさらなる発見,学習,そして適応が必要であることが示されている.開発経済学にかかわる新しいアプローチは極めて有望である.その適用範囲は膨大である.本報告書は開発コミュニティにとって重要な新しい課題をもたらすものである.